はじめまして、のごあいさつ。谷木です。

はじめまして。谷木 諒(たにき りょう)です。

アウトドアイベント企画団体、TOKYO OUTDOORの代表を務めています。

と書くと、それだけで自己紹介が終わってしまうので、もう少し、自分について書いてみます。

そもそも、僕は自分について書くことが苦手です。自分とはこういう人間だ、と断定できるほど、筋の通った生き方をしていないからです。好きなものも、嫌いなものも、やりたいことも、やらないことも、生きている間、ずっと変化してきました。なので、どの時代のどのタイミングの「僕」について話せばいいのか、分からなくなります。10分前と今の僕ですら、性格や趣味が異なっているのです。

今の僕について知ってもらうためには、今の僕に会ってもらうしかないのですが、だとしても伝わる「僕」は常に過去の「僕」ですよね。こうやって長ったらしく文章を書いている時点で、「この文章を書いている時点の谷木」はちょっと面倒な性格なのかな、素直じゃなさそうだな、ということだけはしっかり伝わっているのではないでしょうか。

面倒で、素直じゃない性格の人間。それだけしか伝わらないと悲しいので、もう少し書いてみます。

僕の住んでいる奥多摩は、都市部とはちょっと違った風景が広がっています。山、湖、空。最寄り駅までは15km、コンビニまでは20km、スーパーまでは30km。

都市部のように、バスが夜遅く走っているわけでも、呼んだらタクシーが来るわけでもありません。何かあったときに頼れるのは自分。というか、自分でどうにかしたい、と思える人には住みやすい場所だけど、万人受けするようなところではありません。

つい先日まで、同居人の車を借りて(ライドシェアして)いたのですが、ついに自分の車を買うことにしました。人に頼らなくてもいい、自分で動きたいときに動けるようになりたかったから。好きなときに買いモノに行ける。星空を見に山に行ける。自分が思ったときに行動できる方が、素敵じゃないですか。

自分の車を所有してから、週に一度、車中泊をするようになりました。水と、シングルバーナーと、カップラーメンと、寝袋を持ち込んで。好きなところまで走って、寝る。

車の中にいる間って、ひとりなんです。

30年生きてきて、ひとり暮らしをしたのって、通算1年間くらいなんですよね。ほとんどの期間、誰かと一緒に生活をしてきました。家族だったり、友達だったり、パートナーだったり、猫だったり。現在も職場の同僚、カフェでたまたま出会った人と、3人で住んでいます。誰かと一緒にいるときのドライブ感、スイッチがONになっている感覚が好きなのかもしれない。

僕はずっと、ひとりでいることが苦手な人間だと思っていました。いや、たぶん苦手なんです。ひとりでいることは苦手。でも、たまに、ひとりになりたいときがあるんだってことに、車中泊を始めて気がついた。世間に忘れてもらいたいとかそんなのじゃなくて、ただ、固有の肉体を持った生物として、そこに存在していたい。雲が風に流されるように、水面に葉っぱがたゆたうように、ニュートラルの状態でいたいときがある。

この感覚って、僕だけが持っているものじゃない、と思うんです。

わたしは今、ここにいる。
今を変えれば、未来が変わる。

TOKYO OURDOORのキーコンセプトを考えているときに、ふと思い浮かんだ言葉。

自分を見失いそうになったら、いったんギアをニュートラルに入れて、ハンドルから手を離す。そして、まわりを見渡してみる。自分で自分のことは分からない、って言いますよね。まわりの景色を確認しないと、自分が今、どこにいるのかを知ることはできない。自分の立ち位置が分かってようやく、次の一歩をいつ、どこに踏み出すかを、自分で決めることができます。

自分の行動を、自分の意志で決める。それが、奥多摩という土地に住む僕が、日々実感できていることです。

明日のために生きている人たちにこの価値を提供できたなら、人はもっと幸せになれるかもしれない。

奥多摩にある自然の力を借りれば、今ここに立ち返るお手伝いを、僕たちが出来るかもしれない。

それが、TOKYO OUTDOORという組織を立ち上げた理由です。

 

ふぅ…、、けっこう熱を入れて書いてしまいました。

自己紹介をしようと思ったら、いつの間にかTOKYO OUTDOORの立ち上げ理由を語っていたので、また自分の話に戻ります。

やっぱり定型的な枠をもらわないと、自分のことって書きにくいですね。まずは「経歴」について簡単にまとめてみることにします。

—谷木の経歴—

1989年、新宿区生まれ。
2008年海城高校卒、2013年同志社大学経済学部卒。

大学在学中に生駒の耕作放棄地を訪れたことがきっかけとなり、地域活性化に興味を持ち始めました。バブル時代にとある企業が買い占めた土地が、バブル崩壊によって手つかずの土地に変貌。誰かの所有物であることで、他の誰もが触れることの出来ない土地になってしまう。この問題を解決するためには民法の大改正が必要ですが、僕には民法学者志望の友人がいたので、法律分野は彼に任せることにしました。(そして彼は民法学者になりました)

では、僕にも出来ることはないだろうか。活性化のために必要なものはいろいろあるけれど、圧倒的に「人」が足りていないと思った僕は、効率化・自動化を学ぶべく、IT企業に就職することにしました。

2013年から2015年の間、新卒で入ったSIerにて、システムエンジニア職として勤務しました。駆け出しのペーペーゆえ、右も左も分からない状態でしたが、1年経っても分からないまま。もしかしたら自分に適性がないのかも?と思いつつも、社会人としての基礎体力を作るには良い環境だったので、2年半働いていました。

働きながら常に感じていたのが、粗雑なコミュニケーションによるロスが多いなぁ、ということ。言った言わない論争、そんなつもりで言ってない、解釈が異なっていたetc…。ひいては残業時間の増加、案件の炎上、チーム内の不協和などに繋がっていきました。適切な情報伝達ってなんだろう、もっと改善できるはずなのに、という思いが日に日に強くなると同時に、パワハラ、セクハラ、アルハラが常態化している職場に嫌気が差していました。

当時、プログラミングの勉強をするために通っていたコワーキングスペースに転職したのは、2015年の夏。当時はコミュニケーションについてもっと学びたい、という思いが強く、学んだことをその場で活かせる仕事だったこともあり、転職を決意しました。

自分が所属していた店舗は、会員数・売上こそ全店舗で1位でしたが、バックヤードの事務作業や掃除等で多忙が常態化。会員さんとのコミュニケーションが手薄になりがちでした。みんな勉強や仕事のためにコワークに通っているのであって、スタッフと話すために来ているわけではない、というのは半分本当で半分は嘘。会社の愚痴や、日頃の悩みを打ち明ける場所として、コワークに来る会員さんも多いのが実情です。

ならば、できるだけバックヤードの仕事を減らし、会員さんとのコミュニケーションをできるだけ増やそう。SE時代に培った稚拙なプログラミングスキルを少しだけ磨き、各種手続き、請求や備品管理といった事務作業をVBA、GASで自動化。アルバイトの事務作業を大幅に減らし、とにかく会話量を増やすことに成功。これがどう売上に結びついたかまでは分かりませんが、3年間、会員数1位をキープしました。

2018年、異動の話がでていたのですが、異動先店舗の収益率の低さは立地に起因するもので、自動化スキルにより改善が見込めるものではなさそうでした。今まで培ったIT系ノウハウ、店舗運営ノウハウ、コミュニケーションノウハウで、そろそろ地域活性化に関わる仕事をしてみたい。そんな思いで、再び転職することにしました。

2018年7月から、東京最西端の自治体、奥多摩町へ。期間限定の公務員職である、地域おこし協力隊として勤務することにしました。

地域おこし協力隊の良いところは、公務員なのに副業が認められていることです。協力隊として勤務を始めた3ヶ月後、仲間と土日営業の喫茶店を開業しました。諸事情あり、僕はもう関わっていませんが、土日になると多くのお客さんが遠方から遊びにきてくれる憩いの空間になっています。

2019年に入り、地域イベントの手伝い、小売店のHP制作代行を行いつつ、奥多摩の地域(WEB)メディア、「奥多摩で、その日暮らし」をリリースしました。社宅の名前「ひぐらし荘」を冠したブログで、自分の身の回りで起きたことや、地域にいる素敵な方々をインタビューした取材記事を書いています。目下の悩みは、日々の雑事に追われ、なかなか更新できていないこと。でも、書いたら必ず反響をいただけるので、本当はどんどん更新したいと思っています。

ここまでお読みいただいた皆さんはおわかりかと思いますが、僕は、文章を書くのが好きみたいです。はっきりとは憶えていませんが、中学生の頃にはもう好きだったと思います。

書くことは好きだけど、書いてお金がもらえたら。書くことを仕事に出来たら幸せだな、と思い始めたのが2018年の冬。

2019年1月には、日本仕事百貨さんの文章で生きるゼミ 6期に参加。2月には、株式会社ポンヌフ主催の田舎フリーランス養成講座(都留)でライター研修を受けました。2つの講座で習ったことに、一切の重なりはありません。生きるゼミでは、丁寧に文章を書くという行為を、いなフリ(そう略していました)では、1文字1円の世界で、書いて書いて書きまくって生き延びる方法を学びました。

僕は2つの講座に参加するまで、ライターや編集者とは縁遠い世界に生きていたし、フリーランスという生き方もどこか縁遠い世界の話だと思っていました。書くことがお金になる生き方って、そんなに遠い世界の話じゃないかもしれない。自分にとっての新しい地平が開けたような気がしました。

2020年の今、自分が「している」こと。

ここまでは谷木の過去の話、ここからは少しだけ、今の話をします。

今、自分が「している」ことは2つ。

1つは、TOKYO OUTDOORを事業として進めていくこと。そしてもう1つは、ライター・編集業を仕事してこなしていくこと。

僕がこの2つをやると決めたのは、自分が好きなことだから。誰かのためにやると、進まないからね。

TOKYO OUTDOOR事業で、奥多摩という場所が持つ力をビジネスに変えていく。ライター・編集業を身に付け、場所にこだわらなくても生きるための糧を得る。この2つは、協力隊が終わっても奥多摩に住み続けるための両軸になる、という確信が自分にはあります。

—谷木の経歴 終わり—

ここまで、「経歴」を読んでいただき、ありがとうございます。かなり長々書いてきましたが、みなさん読み疲れていませんでしょうか?笑

僕も書き疲れてきたので、最後に、ライター・編集者向けの「ポートフォリオ」を書いて終わりにしたいと思います。

—ポートフォリオ(ライター・編集向け)—

ライティング・編集のお仕事を承っています。

■保有資格

・応用情報技術者(IT)
・中小企業診断士科目合格(企業経営理論・経営情報システム)
・食品衛生責任者
・簿記2級
・ニュース検定2級
・普通自動車/普通二輪免許
・新・川崎産業観光検定試験
・狩猟免許(わな、銃)

■実績

◇奥多摩で、その日暮らし。
https://sonohigurashi.jp/

◇谷木諒 公式サイト
https://tanikiryo.com

◇日本仕事百貨コラム 「心の赴くままに、やってみる」
https://shigoto100.com/column/textseminar13

他、クラウドソーシング系多数。YouTube向けラジオ原稿、雑誌掲載向け論文(2万字/本)、アフィリエイト記事(1万5千字/本)、歯科医院のLP等。

■保有カメラ

・SONY RX10III(DSC-RX10M3)
・Apple iPhone11 Pro

■経験

収益をあげているものは、クラウドソーシングや、アフィリエイトサイト記事が多く、ここでの公開が難しいものばかりです。
インタビュー記事を何本か書いていますので、下記をご参照いただけますと幸いです。

【インタビュー】大井 朋幸さん – 奥多摩町クリーンキーパー / オピト
https://sonohigurashi.jp/?p=482

【インタビュー】木下美佐さん・武久さん – きのしたベーカリー
https://sonohigurashi.jp/?p=660

—ポートフォリオ 終わり—

最後までお読みいただき、ありがとうございました。